ここはクライマ−ズアイランド、大平洋のまん中に位置するけっこう小さな島国だ。 ”彼”はこの小国のトップクライマーだった。 「こんなの誰も登れないよな」 そう吐きすてるように言うと、彼はその日は帰っていった。 |
しかしそれはその日から2年後の事だった。 いまや”彼”は世界でもトップクラスに入るほどの実力を身に付けていた、その頃にはもう彼の住むクライマ−ズアイランドには、彼を満足させるほどのラインは残っていないように見えた、そんなある日だ。 <そうだ!あそこがある!> 彼は思い出したのだ。 さっそく、その日の昼にあの壁を訪れた。2年前に一度は諦めたあの壁だ。 |
<おもった通りだ、まだ誰も登っていない、まあ、オレがのぼってないんだから他に登れるヤツなんかいねーよな。> 彼はニヤっと笑うと、さっそく壁を掃除し、トップロープでトライをはじめた。 <使えねえ!> 核心部にはとても指のかかりそうに無い小さな突 |
起しかなかった、もしコレを使えても次のホールドはとてつもなく遠い。 <世界最難ルートができそうだ!> 今の世界最難ルートのグレードは10xだった、彼はすでにそのルートを登り、次のえものを探していた、そこにこのラインを発見したのだ。 「ヤツラの鼻をあかしてやる!」 彼は、マントリング島に住むライバルを思い出していた。 |
その後も彼はその核心部を精力的にトライしつづけた、しかし、その部分はどうしても解決できなかった。 <このオレでも登れないんだ、人類には不可能なんだ。> しかし、それから一ヶ月後、クライミング雑誌にはにこやかに微笑む彼の写真が掲載されていた。 |
それから、50年後。 「ここが昔クライマーばかりが住んでいたっていう島か、何だ誰も登ってねーじゃねーか」 実は彼は、新婚旅行でこの島に来ていた。ここは今ではあまり観光客に人気のない島だが、彼も根がクライマーなので「クライマー」と名のついたこの島に一度は来てみたかったのだ。 次の日、彼はある岩場を訪れた。壁を見上げながら雑草だらけの取り付きをとぼとぼと歩いているとそこには薄らと何か書かれていた。 |
<11x?何だこりゃ、> 彼はルートを見上げた、まん中あたりにはそれとわかるチッピングのあとがあった。 「11x? 彼はツバを吐くと不機嫌そうに街のホテルに向かった。 |
その日のディナ−はとうとう島で一件になってしまったホテルのレストランだった。 彼のとなりには新妻が座っている、 「ねえ、あなた、さっき言ってたルートの事、ホテルの図書室にあった雑誌に載ってたわよ、私借りてきっちゃった!」 自身もクライマーである彼の妻は、とうに廃刊になった一冊の古びたクライミング雑誌をとりだした、 「さっすがー、気がきくじゃん!愛してるよ、ハニ−」 |
のろけながら彼は付せんがはられたページを開いた、しかしすぐに彼の手が小刻みに震えはじめた。 「どうしたの?あなた」 彼は真っ赤に染まった顔でその雑誌をテーブルに荒っぽく置くと、いきなり立ち上がってこう叫んだのだ. 「畜生!オレなら20xが引けたのに!」 |
彼の開いたページには誇らし気な男の写真のとなりに、御丁寧にも核心のホールドの削る前の写真があった、となりには小さくこう書いてある。 「こんなの人間が使えるわけないでしょ?だからちょっと削ってやっただけさ、どこが悪いんだい?このルートは未来永劫登る価値のあるラインさ、違うかい?」 次の日、彼と妻は、近くのリゾートアイランドに向かう船に乗るために桟橋に向かっていた。 「いやなもん見ちまったな」 |
そう小さく呟いた彼が急に振り向いた。そしてたったいまスレ違った老人に目をやった。その老人がどことなく昨日見た写真に誇らし気に映っていた男に似ていたからだ。 <まさか、な・・・> 彼はその老人の後ろ姿を目でおいながら船に乗った、そして彼がこの島を訪れる事はもうニ度となかった。 |
「本日は御乗船ありがとうございます、皆様が御滞在されました島は、かつてはクライマーの楽園”クライマ−ズアイランド”と呼ばれておりました、そしてその奇岩を目当ての観光客もおおく、50年ほど前まではとても栄えておりました。しかし、ある日を境に突然クライマー達が岩のあちこちを削るようになったのです、そして彼等はそのままものの数年で島全部の岩を登り尽くしてしまいました。
すると、この島の岩場に魅力を感じなくなくなったクライマー達はあっという間にクライマ−ズアイランドを去り、ところどころまばらに削られたうえにキラキラ光るボルトだらけになってしまった岩は、もう観光客にも見向きもされなくなってしまったのです。
来年には島の名前も変えられる事になっております、クライマー達はまるでイナゴの大群のように美しかった島を食いつくして去っていきました、もう彼等にはニ度とこの島に来てほしくありません、もうニ度と・・・」
(終わり)
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